田中澄江文学碑

碑文

「飛騨の高山に人々は何を求めてゆくのか木で造られた町の姿のよさ
 それが古びてなお存在する美しさ
 そこには日本の遠い昔からの伝統的建築様式があるだけでなく
 そこに住みついた人間の心の歴史もまた積み重なっている」

説明

 文学碑は、コサカ種苗の先代、小阪吉造氏が17、18歳の頃、東京板橋の種問屋であった田中澄江氏の実家に奉公し、吉造氏が幼い田中澄江氏の身の回りの世話などしたことから、コサカ種苗社長、小阪慶一氏の熱意と寄付によって、建立された。田中澄江氏の山好きに配慮し、北アルプスを一望できる文学散歩道に設置した。
 随筆集『山がそこにあるから』では、「もうあの稜線に立つことはない。かつて、こんな切ない別れを人としたことがなかった。」「高山に、私のふるさとがある。」など、北アルプスや高山への親しみを随所に示している。

人物

【田中澄江(たなかすみえ)】
 明治41年(1908)4月11日生~平成12年(2000)3月1日没
 小説家・劇作家・双六山楽共和国大統領。東京板橋生まれで東京都中野区に居住。旧姓は辻村。お茶の水女子大学文科卒。劇作家の田中千禾夫の妻。
 小説集『カキツバタ群落』で芸術選奨文部大臣賞(昭和48(1973))、小説『夫の始末』で紫式部文学賞と女流文学賞(平成8(1996))を始めブルーリボンシナリオ賞、紫綬褒章など受賞。
 登山と花を好み、平成1年(1989)発足した「双六山楽共和国」の初代大統領を務めた。9年(1997)飛騨民俗村文学散歩道に文学碑が建設された。