バックナンバー(広報第96号)

 2005/08/26 更新(広報第96号より)  「文楽」を楽しもう


高山に人形浄瑠璃「文楽」がやってきます。しかも他の都市では考えられない破格の料金でお楽しみいただけます。めったにないこの機会に、ユネスコ世界無形遺産の日本の伝統文化を観賞してみませんか?

高山市文化振興自主事業・人形所瑠璃「文楽」

◆期 日・・10月8日(土)
◆会 場・・市民文化会館大ホール
◆時 間/演 目
     □昼の部(昼1時30分開演)
     ・お染久松 野崎村の段
     ・勧進帳
     □夜の部(夜6時開演)
     ・梅川忠兵衛 羽織落しの段 封印切の段
     ・鷺娘

◆入場料(全席自由)
     □昼夜通し・・3800円(メセナ会員=3500円)
     □昼の部・・・2300円(メセナ会員=2000円)
     □夜の部・・・2300円(メセナ会員=2000円)
     □後部席・・・1000円(メセナ会員も1000円)

◆チケット・8月21日(日)より市民文化会館にて販売中

 2005/08/26 更新(広報第96号より)  ヒッツFMでPRしませんか

高山市文化協会では、新しい事業として、次のとおりヒッツFMに番組枠を設け、協会に加盟している団体のPRをすることになりました。

出演を希望される団体は、放送希望日の一カ月前までに文化協会(電34―6550)までご連絡ください。

◇番組名 =「素晴らしき文化の輪」
◇放送時間=毎週金曜日・午前10時三十分から約5分間
◇内 容 =各団体主催の催し物案内や活動内容等についてナビゲーターと対話形式で紹介

 2005/08/26 更新(広報第96号より)  お月見歌会のご案内

高山市文化協会では、「お月見歌会」の作品と参加者を募集しています。希望される方は、作品(短歌二首)と住所・氏名・電話番号・歌会への出席の有無(夕食を準備します)を明記し、9月9日(金)までに文化協会事務局(高山市昭和町一・市民文化会館内)へお送りください。

応募作品のうち、一首は「月」に関する歌とします。もう一首は自由です。「お月見歌会」の開催日時等は次のとおりです。

◆日 時 9月19日(祝)午後6時〜9時
◆場 所 高山市伝承館
◆出品料・参加費 無料
◆問合先 高山市文化協会(電34―6550)
 2005/08/26 更新(広報第96号より)  飛騨高山芸術月間2005「飛騨の匠」


高山市文化協会では、市教育委員会とともに、「新しい文化創造の風土づくり」を目指し、平成15年度から「飛騨高山芸術月間」を開催してきました。

この事業は、地元の文化をテーマとした音楽や演劇の公演、企画展、シンポジウムなどを市民ボランティアが中心となってプロジェクトチームを作り、企画・制作・運営するものです。

平成十五年度は「両面宿儺」、平成16年度は「円空」をテーマとし、本年は「飛騨の匠」をテーマとした演劇「羅城門」と企画展「飛騨の匠」を開催します。

◎演劇「羅城門」

演劇「羅城門」は「飛騨の匠」をテーマとした澤田ふじ子氏の同名の小説を原作として、脚本・演出・俳優・舞台芸術・衣装・音楽など、すべてを市民が中心となって制作したものです。旧高山市内だけでなく、国府・上宝・丹生川・久々野・朝日など各地域から、70名を超える市民がボランティアで参画しています。

この演劇は、私たちが住む高山がどういう歴史を歩んできたのかについて知るために、たいへん重要な意味を持つだけでなく、新しい文化の創造に向けた起爆剤になるものと考えています。

稽古は毎週火・金・日曜日の夜に、文化会館や市役所などで行っています。稽古は公開していますので、ぜひご覧いただき、役者やスタッフたちの熱い息吹に触れてください。現在は、臨場感あふれるプロ指導による殺陣の稽古に入っています。また、8月10日に開催された「飛騨高山YANSA21フェスティバル」では、役者の皆さんが特別出演し、気合のこもった演技を多くの方にご覧いただきました。

上演日時などは次のとおりです。

日 時 ・10月22日(土)夜7時〜
    ・10月23日(日)昼2時〜
場 所 市民文化会館大ホール
入場料 500円(チケット発売は9月上旬予定)

◎企画展「飛騨の匠」

「飛騨の匠」とはそもそも何なのか?といった素朴な疑問からはじまり、現代まで受け継がれている匠の思いや、技・心に触れることができるような展示内容を目指しています。ご期待ください。

この企画展は、9月24日(土)から11月20日(日)まで、丹生川文化ホール、国府公民館、市郷土館で順次開催します。日程や時間などは「広報たかやま」などでお知らせします。*

「飛騨高山芸術月間2005」を通して「飛騨の匠」にぜひ触れていただきたいと思います。きっと、先人たちと自分たちとの深い絆や、新しい高山市の市民としての大切な絆に気づくことでしょう。そして、心がつながり、飛騨人として生まれてよかったという感動が生まれることでしょう。私たちは、この感動を「新しい文化創造の風土づくり」の礎にしたいと願っています。これからも「気づき、つながり、そして感動」を求めていきたいと思います。

【プロジェクトチームからひとこと】

高山市教育委員会の学芸員から「飛騨の匠のことなら、先ず『羅城門』を」とすすめられ、プロジェクトチーム全員で廻し読みしました。だれもが異口同音に「こんな本があったの!」「ググッと引き込まれていくようだ」「平安遷都の情景がよく描かれている」と絶賛したのです。

延暦十三年平安遷都、新宮造営に徴発された飛騨の匠の物語で、史実に基づいた時代背景の中に、一人の名棟梁(桑野の丹心)を中心とした「飛騨の匠」たちの悲喜こもごもの様子を、作者が飛騨人の立場から綴ったもので、当時の飛騨の匠の置かれた状況や平安京の様子が容易に想像できます。

 2005/08/20 更新(広報第96号より)  ■ 高山の文化を高めた人々28


■ 高山の文化を高めた人々28

ユニークな文化人としての代情通蔵  文:森野 宏

「みっつあま」という呼び方が耳の底にある。代情通蔵氏をこう呼ぶ人たちがいた。昭和26年ころの話である。

私が斐太高校17代の学校長代情通蔵氏に仕えたのは、新任教師としての7年ほどの間だった。スラッとした長身、見事な白髪、品のある風貌、こんな校長さんが、木造校舎の廊下を雪駄履きで歩くのである。

寒い季節の昼餉時、職員室の大火鉢の周りは代情校長の座談の独壇場だった。小噺風の昔語りのしめくくりは決まって艶めいた話となったが、そのオチが誠に手が込んでいて、若造の私などにはピンとこない、落語で言えば考えオチというやつである。

細かい部分は忘れたが、いろは歌留多にもある「月夜に釜を抜く」という下世話の解釈など正に天下一品だった。酒脱というか、品のよさを失わない座談の名手だったと私は思っている。

また、氏について語る時、よく「代情コレクション」という奇妙な言葉が出てくる。コレクションとは収集品ということで、要するに多様な人材を集めて適材適所に配置し、ユニークな個性を最大限に発揮させる才に恵まれていたということではないのか。一口に「代情コレクション」と言うけれど、一癖も二癖もある人物を束ねていくには、それにふさわしい器量というものが必要で、その点においても氏は懐の深い大人物だったのではなかったろうか。

さて、氏は上二之町筋で醸造業を営む旧家に生まれ、父の茂助は拓山と号した風流人でもあった。またその弟(氏からみての叔父)は垣内松三であり、日本の国語学会の重鎮でもある。城山公園にはその業績をたたえて「石叫ばん」と刻まれた碑が建っている。代情氏の芸術的な素養は、このような家系の中で育てられたものにちがいない。

氏は強い郷土愛の持主で、一般に民俗学と呼ばれる分野については該博にして奥の深い知識の持主であった。郷土史関係の雑誌に投稿した氏の著作はA5判450ページの「代情山彦著作集」の中にまとめられ、今日その一端に触れることができる。

また、氏は飛騨の山野にも強い関心を抱き、山岳スキー、登山等の野外スポーツの先駆者であり開拓者でもあった。氏の末弟代情季蔵氏と組んで創案した奇怪な雰囲気を湛えた「山彦人形」は郷土民芸のはしりとも言えるだろう。

このように氏は多方面にわたって多くの業績を残しているが、大阪大学醸造学科在学中に身につけた科学的な思考は氏のあらゆる分野の底流となって、広い視野を持った普遍的な発想の原点となっている。

氏は旧宮村に居住し、「雪解けを待たで西への旅路かな」の句を残して昭和43年4月、70年の生涯を閉じた。生前、氏の人柄と学識を慕って氏の周りに集まった人々は、冒頭に触れたような、心安げな愛称で氏を呼び慣らわしたのであった。
 2005/08/20 更新(広報第96号より)  高山市出身の脚本家 鈴木尚之の映画会


●チケット発売8月21日(日)

◆期 日・・・9月18日(日)
◆会 場・・・市民文化会館小ホール

◆日 程  ・午後12時30分〜 映画「海軍特別年少兵」
      ・午後 2時50分〜 鈴木尚之氏と映画史家の佐伯知紀氏の対談
      ・午後 3時40分〜 映画「飢餓海峡」
    
◆入場料・・・千円(ドリンク券付)
◆チケット・・8月21日(日)より市民文化会館にて販売中
◆資料の展示・「海軍特別年少兵」「飢餓海峡」のスチール写真、映画のポスター等を展示。

 2005/08/20 更新(広報第96号より)  近代文学館企画展「高山を訪れた文人展」


高山にゆかりのあった文人たちの遺作などを展示する「高山を訪れた文人展」を九月二十三日から二十五日まで煥章館一階生涯学習ホールで開催します。

高山は古くから文人墨客の憧れの地でした。高山へは、幾多の峠を越えなければなりませんでしたが、やっと辿り着いた高山の町は、文人たちを温かく迎え入れました。

昭和九年に高山本線が開通すると、堰を切ったように中央で活躍する人々が高山を訪れました。

以下、分野別に主だった人々を紹介します。

「高山竹枝」四十六首を作った森春濤は、漢詩人として有名です。「竹枝」とはその土地の風俗、人情を民謡風にうたったもので、今でいう観光案内版ともいうべきものです。

国語学者の物集高見(もづめたかみ)は、現代の日本語辞典の原型ともいうべき「広文庫」「群書索引」を編纂した人です。

俳人としては、内藤鳴雪が、日本派俳句の重鎮として高山を訪れています。童話文学者としても活躍した巌谷小波(いわやさざなみ)、正岡子規の俳句革新運動の旗手として新傾向俳句を主唱した河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)は、高山出身の作家・滝井孝作が文学活動に入る大きな影響を与えたと言われています。新傾向自由律俳句を推進した作家の荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)、このほか、山口誓子、水原秋桜子、加藤楸邨、大野林火など多くの俳人が訪れていますし、大谷句仏(おおたにくぶつ)は、たびたび高山別院を東本願寺管長として訪れています。

短歌では佐々木弘綱や信綱、詩人としても活躍した若山牧水、北原白秋などが挙げられます。

また、「波浮の港」や「十五夜お月さん」などの民謡、童謡作家として有名な野口雨情も忘れてはなりません。作家としては戦時中「文学報国隊」活動の一環として来高した林芙美子、横光利一、小島政二郎、久米正雄などの名を挙げることができます。戦後は瀬戸内寂聴、井上靖など数え切れない文人たちが訪れています。

また、高山に住んでいた作家としては、下田惟直、小峰大羽などがいます。

今回の企画展では、高山に関わりのあった文人たちの手の跡やゆかりの品を広く展示し、より親しみを感じていただきたいと考えています。ここに紹介した文人たちだけでなく、高山に関わりのあった文人にゆかりのある品を愛蔵している方がありましたら、ぜひ、展示をしていただきたいと考えていますので、文化協会(電34―6550)までお知らせください。